ローマ神話におけるヌマとロームルス

今日の神戸新聞文化センター三宮の講座では、プルータルコスが『英雄伝』(の『ヌマ伝』)で描く、ローマの第二代の王ヌマについての話をした。

 説明のなかで強調したのは、七代続くローマ王政の歴史におけるヌマの「例外性」だ。簡単にいえば、七人の王のうち、ヌマだけが争いごとを忌避し、平和を大切にしたのである(『ヌマ伝』第20章で、43年にわたるヌマの治世において、「平和の門」はずっと閉じられたままであった、と語られている)。ここで疑問なのが、ローマ神話の伝承者たちはどういうつもりでヌマにこのような役回りを与えたのか、ということである。七人いるうちの二人目だけが例外というのは、図式として少々気持ち悪くないか。この謎の解明にあたり、僕は、「初代ローマ王ロームルスの引き立て役」としてヌマをとらえることができるのではないか、という旨の話をさせてもらった。たとえば『ヌマ伝』の開始部付近(第5章)で、ヌマが「自分とロームルスは真逆」という理由で王の就任の依頼を固辞した、というエピソードが紹介されていることなどから考えて、どうやらヌマは、「ローマの七人の王のうちの一人」ではなく、「ロームルスの対立項」としてとらえたほうが、神話学的に意味のある見解が得られそうなのだ。

 ヌマとロームルスのこの対照性については、フランスの神話学者G・デュメジルも主著の『神々の構造』で議論を行っており、「年代記作者たちが二人の王[=ヌマとロームルス]の対立をあらゆる方面に拡大しようとしたことは明らか」(日本語訳137頁)と述べている。彼の分析によれば、ヌマとロームルスは、ちょうどインド神話(『リグ・ヴェーダ』)のミトラとヴァルナのように、「第一機能」(主権性を司る)の二つの側面をそれぞれ体現しているという。彼は、ヌマとロームルスを、ミトラとヴァルナの場合同様、「ペアを成す主権神」としてとらえており、さまざまな証拠によってその説の補強を試みている。その例のひとつが、ウェルギリウス『アエネーイス』第6歌からのもの(冥界にいるアンキーセースがアエネーアースに向かってローマの歴史を語る部分)で、そこではたしかに、ロームルスの営為(777~784行)とヌマのそれ(808~812行)が相互補完的に示されている。

 ヌマの例外性に興味をもってくださった受講者の方は多かったようなので、次回の講座では、もう少し補足の話をさせてもらおうと思う。可能ならデュメジルの議論も紹介するつもりだ。

【参考文献】

ジョルジュ・デュメジル(著)、松村一男(訳)『神々の構造―印欧語族三区分イデオロギー』国文社、1987年。

つねに多くのことを学びつつ年をとる―勝又泰洋の学問日記―

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