モンテヴェルディの《オルフェオ》の結末場面

今日のカルチャーセンター(神戸新聞文化センター三宮)の講座では、「オルペウスの死」がテーマだったが、その際、モンテヴェルディの《オルフェオ》の一部をDVDで鑑賞した(2002年のリセウ大歌劇場での公演のDVDを使用したが、これにかんする詳細は下のリンクを参照されたい)。解説のなかでは、オウィディウス『変身物語』の記述との相違点を強調したので、以下、その要点だけメモしておきたい。

 《オルフェオ》が『変身物語』(とくに第11巻1~65行)と異なっている部分は数多くあるが、そのなかでもっとも目立つのは、結末場面のものだ。「見るな」のタブーを破ったことでエウリュディケー(アリアンナ・サヴァール)との離別を強いられたオルペウス(フリオ・ザナージ)は、一人、故郷のトラキアに戻ってくる。『変身物語』では、このあとオルペウスはバッコスの信女たちに八つ裂きにされ、死者として冥界でエウリュディケーと再会するのだが、《オルフェオ》では、そうはならず、オルペウスが、突如頭上に現れた父アポッローン(フルヴィオ・ベッティーニ)に促され、昇天をするのだ(しかも、この直後には擬人化された「希望」が姿を現し、劇は明るい雰囲気のなかで幕を閉じることになる)。モンテヴェルディのこの処置がキリスト教的脚色であることは明らかで、時代背景を考えると仕方のないことではあるが、純粋に「物語の作り」という点でみると、これは欠陥とみなされうると僕は思う。というのも、この終わり方では、オルペウスにとって絶対ないがしろにできないはずのエウリュディケーの存在が、「神」の名のもとにあっさり消されてしまうからだ。一応オルペウスも父親にたいし「天上に行くとエウリュディケーを二度と見ることができなくなるのでは」と述べるが、「太陽と星々のあいだに彼女の顔を見るから大丈夫」という相手のごく簡単な返答にすぐ納得してしまうのだ。キリスト教の文脈ではこれで問題ないのかもしれないが、下記のオウィディウスの記述を知る者にとっては、どうしても不満が残るだろう。

オルペウスの霊は、地下へくだった。前に見た場所は、ことごとく見覚えていた。死者たちの「楽園」を探しまわり、エウリュディケーを見つけ出すと、こらえきれないで、ひしと腕にだいた。ここで、ふたりは、並んで散策しているかとおもえば、たがいに、あとになったり、先になったりもしている。いまでは、オルペウスも、愛するエウリュディケーを振り返るのに、何の不安もないのだ。(第11巻59~65行、中村善也訳を一部改変して引用)

このローマの詩人は、オルペウス物語できわめて重要な「冥界での振り返り」のモチーフを、「オチ」にも利用しているのだ。見事というほかない。

 ただ、この点にかんして、モンテヴェルディ(および台本作家のアレッサンドロ・ストリッジョ)を責めるわけにもいかないようなのだ。というのも、じつは《オルフェオ》の初演(1607年)においては、物語は、オウィディウス版同様、「バッコスの信女による八つ裂き」で終わり、「昇天」による幕切れは再演以降で強制されたものだとわかっているからだ。この重大な変更の理由については諸説あるようで、たとえばそのひとつは、「八つ裂き」のようなグロテスクな表現はマントヴァの淑女に受け入れられないから、というものだそうだ(以上、上記DVD付属パンフレット7頁)。このようにモンテヴェルディが鑑賞者に気を使わねばならなかったことは、僕のような古典ファン―「異教徒」といったほうがよいかもしれない―にとってはたいへん残念なことではある。

【参考文献】

中村善也(訳)『オウィディウス 変身物語(下)』岩波書店、1984年。

つねに多くのことを学びつつ年をとる―勝又泰洋の学問日記―

このサイトでは、学者の卵である私、勝又泰洋が、日々の勉強・研究について(もっぱら自身の備忘のために)簡単な文章をものしています。サイト名の「つねに多くのことを学びつつ年をとる」は、古代ギリシアの政治家ソローンによる詩の一節です。これを座右の銘として、毎日マイペースに学問に励んでいます。

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