「光文社古典新訳文庫」シリーズの最新刊、アリストテレースの『詩学』(三浦洋訳)を入手した。「訳者あとがき」にも述べられている(408~409頁)ことだが、『詩学』は、アリストテレースの著作のなかでもとくに日本語訳の多い作品で、これは、本作がさまざまな議論を呼び起こしうる性質をもっていることと無関係ではないだろう(たとえば、有名な「カタルシス」をめぐっては、論者の数だけ見解が存在するといっても過言ではない)。いずれにせよ、ひとつの「古典」にたいし複数の日本語訳が存在するというのは、喜ばしいことだ。
このような出版状況を念頭において、このたびの三浦氏の訳書の特徴はなにかと考えたときに、とくに目立つものは2つあるように思う。ひとつは、「詩学」というメインタイトルにたいし、「ストーリーの創作論」というサブタイトルを付している点。「ストーリー」というのは、ギリシア語のμῦθος(ミュートス)にあてられた訳語で、アリストテレースが冒頭部で主題として提示し(1447a)、また、悲劇の構成要素のうち最重要のものとして位置づけている(1450a)ものだ。三浦氏の処置には、この点が明確になるようにとの意図があるはずで、たとえば『詩学』にはじめて接する一般読者にとっては、これだけで読みやすさが増すだろう(ちなみに、本の帯にも、「2000年間クリエーターたちの必読書である「ストーリー創作」の原点」と記されている)。もうひとつの特徴は、「解説」がたいへん充実しているという点。ページ数だけでみると、本文とほとんど同じ(ともに約200ページ)なので、これだけで一冊の本にしてもよさそうだ。そのなかでも個人的に興味深いのが、喜劇論が展開されていたと考えられている「『詩学』の第二巻」(ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』でキーになっていることで有名)をめぐる丁寧な解説だ。アリストテレースによるこの謎多き議論については、僕はほとんど知識をもっていないので、しっかり勉強させてもらいたい。
まだ流し読みしかしていないが、訳文が非常に読みやすい(これは、「光文社古典新訳文庫」に共通する優れた特徴だ)のも嬉しい。ちょうど今年度の前期、ひとつの大学で「ギリシア悲劇入門」なる授業を行うので、三浦氏の新訳で、いまいちどアリストテレースの悲劇論について知識を深めたいと思っている。
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