昨日の現代神話学の講義では、デュメジル(1898~1986)の紹介をした。学生がとくに関心をもったことは二つあり、昨日(2019.1.10)の記事では、そのうちのひとつ(構造主義のこと)を取り上げた。今日(2019.1.11)は、残ったもうひとつの話をしたい。
その論点とは、デュメジルとナチズムの関係である。問題の発端は、デュメジルが1939年に上梓した『ゲルマン人の神話と神々』にある。このなかでデュメジルは、ゲルマン人の神話世界では、「三区分イデオロギー」のうちの「第二機能」(=戦闘性、力強さ)が目立って発達した、と結論づけ、そのうえで以下のごとく述べている。
こうした先史時代からの「軍事化」が、ゲルマン神話に他に類例を見ない運命を与えることになった。キリスト教の擡頭によって異教という衣を失った後も、神話は生き残ったのである。さらに十九世紀にも再びそれは甦った。それは宗教と言っても過言ではないような性格を帯び、そして今またそれは、われわれの目の前で大陸ゲルマン人の心を捉え、あたかも復讐のような熱狂をもって、キリスト教の規律や慣習を攻撃しているのである。…ここ百五〇年来、ゲルマン人の「麗しの伝説」は再び人気を獲得したばかりでなく、「再神話化」もされたのである。それは再び厳密な意味での神話となった。なぜならそれは、あらゆる面で聖なる性格をもつ個人的なそして集団的な行動を正当化し、弁護し、喚起しているからである。(日本語訳p. 166)
デュメジルがこの本を出版した1939年は、ナチス・ドイツがポーランドに侵攻した年である。彼の「軍事化」の議論を目にした者はだれでも、これをナチス・ドイツの一連の「軍事」活動と結びつけたことだろうが、ここでとくに注目したいのは、ユダヤ系の歴史家であるカルロ・ギンズブルグ(1939~)の反応である。彼は、1984年、雑誌『歴史記録』に「ゲルマン神話学とナチズム―ジョルジュ・デュメジルのかつての本について」という論文を発表し、ここで、『ゲルマン人の神話と神々』を材料として、デュメジルを批判したのである。いわく、「…第三帝国の制度や人間に触れている箇所には、明確な判断の言葉がない。批判や弾劾の言葉はみられない。だが讃美や熱狂の言葉もない。故意に抑制した中立的な言い回しに一見思える。だが遠い過去に目を向けると、デュメジルの論述は時には客観的記述から、規範を示す記述にずれ込んでしまう」(日本語訳p. 234)ということだ。
僕がこのエピソードの紹介をつうじて学生に伝えたかったのは、神話学はしばしば政治的な問題につながる、ということだ。ギンズブルグの読解は「深読み」といえなくもないが、彼の気持ちはじゅうぶんに理解できる。彼が、先の論文で「…イデオロギーがまんえんする時代には、宗教史家や比較神話学者から、世界を理解する貴重な手助けが得られる」(日本語訳p. 242)と述べているのは見逃せない。
デュメジルは、いったいどのようなつもりで、上記のきわどい議論を―しかもよりによって1939年(!)に―公表したのだろうか。
【参考文献】
カルロ・ギンズブルグ(著)、竹山博英(訳)「ゲルマン神話学とナチズム―ジョルジュ・デュメジルのかつての本について」(『神話・寓意・徴候』(せりか書房、1988年)所収)。
ジョルジュ・デュメジル(著)、松村一男(訳)『ゲルマン人の神話と神々』(『デュメジル・コレクション2』(筑摩書房、2001年)所収)。
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