神話学の授業の準備として、大塚英志『ストーリーメーカー―創作のための物語論』(詳細は下記リンクを参照)を読んだ。この本を手にとったのは、第四章で、僕が授業で扱う予定のJ・キャンベル『千の顔をもつ英雄』(以下、『千の顔』)が紹介されているからだ。ただ、大塚氏は、「神話学」の視点で『千の顔』を論じるのではなく、(サブタイトルにもある)「物語論」の一種としてこの研究書を取り上げている。結果として僕にとって勉強になる論点が2つ出てきたので、それを簡単にメモしておきたい。
一つ目は、ウラジーミル・プロップの『昔話の形態学』が『千の顔』の比較対象となりうる、ということ。プロップの『昔話の形態学』(大塚氏の本では第二章で紹介されている)は、「(31種類の)機能」と「(7種類の)登場人物」という枠組だけを用いて、ロシアの魔法昔話がパターン化できることを証明したわけだが、大塚氏が『千の顔』との違いとして強調するのは、プロップが登場人物の感情を捨象したという点である(p. 107)。プロップの分析は無機質的(「超・構造主義的」ともいえる)なので、僕もこれに異論はない。それにたいし、キャンベルは、物語のパターン化を試みた点はプロップと同じだが、ユング心理学を基盤としているため、登場人物の感情にしばしばスポットライトを当てるのだ。『千の顔』を読んでいると、登場人物が生き生きとしすぎていることに誰しもが気づくだろうが、これは、キャンベルの力点が、プロップと違い、人間の心理に置かれているゆえだろう。
二つ目。これは論点というより、ただ初めて知った事実というだけなのだが、キャンベルの『千の顔』は、クリストファー・ボグラーという人物による『神話の法則』という本(大塚氏の本では第五章で紹介されている)に強い影響を与えた、ということだ。ボグラー氏は、ハリウッド映画のディベロップメントステージ(クランクイン以前のシナリオ製作のプロセス)で活躍する人物のようで、彼の『神話の法則』は、「キャンベルの「ヒーローズ・ジャーニー」論をハリウッド映画のシナリオ・マニュアルとして転用するための入門書として書かれた一種のビジネス書」(p. 153)である、とのことだ。日本語訳まであるらしいこの『神話の法則』だが、恥ずかしながら僕はまったく知らなかった。キャンベルが『千の顔』で提示した「出立・イニシエーション・帰還」のパターン図式は、ボグラー氏の『神話の法則』を経由して、すこぶる使い勝手のよい物語テンプレートになったらしい。大塚氏は、例として、映画の《バイオハザード》(ポール・W・S・アンダーソン監督、2002年)を取り上げ、これがいかにキャンベル/ボグラー的な「ヒーローズ・ジャーニー」の図式に沿って作られているかを論じていて、ただただ面白い。『千の顔』がジョージ・ルーカスの《スター・ウォーズ》のインスピレーション源となったというのは知っていたが、まさかその影響がより広範囲に渡るとは驚きだ。大塚氏は、「ハリウッド映画全てが「ヒーローズ・ジャーニー」の「ヴァリアント」と化した印象さえ、正直に言ってあります」(p.168)と述べているが、これは誇張ではないかもしれない。
『千の顔』をその他の物語論と並べて読む、という大塚氏の試みによって、キャンベル理論の新しい側面が見えるようになったのは僕にとって大きな収穫だ。今回記事にしたことは、授業でも余裕があったら話したいと思う。
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