「ギリ研」のすべてがわかる一冊

現在、「日本における西洋古典受容」のプロジェクトにかかわっている関係で、関連の資料を集めているところだが、今日、このテーマにぴったりと合う、重要な書籍を入手した。出版されたばかりの、毛利三彌・細井敦子(編)『古代ギリシア 遥かな呼び声にひかれて―東京大学ギリシア悲劇研究会の活動』がそれだ。

 長らく僕にとって、本書の主題である東京大学ギリシア悲劇研究会(通称「ギリ研」)は、「伝説的な団体」だった。僕より年長の研究者の方々から断片的に話を聞いていて、「どうやら自分が生まれるずっと前に、本格的にギリシア悲劇の上演を行った集団が日本にいたらしい」という印象をもっていた。まとまった知識が得られないことをひどく残念に思っていたが、今回の出版物は、僕のその不満を一気に解消させてくれた。

 「ギリ研」とはいかなる団体だったのか。本書の「はじめに」に次のように書かれている。

今や昔のことになるが、一九五七年から七〇年まで、東京大学にギリシア悲劇研究会(通称ギリ研)と称する学生団体が存在した。ギリシア悲劇の研究と上演を目的とする団体で、毎年一回、研究成果としてギリシア悲劇の公演を行った。その舞台は、できるかぎり古代のギリシア悲劇上演の様子を復元しようというもので、講演は全部で十一回に及んだが、最後の二回をのぞけば、すべて東京の日比谷公園にある野外大音楽堂を上演会場とした。ここは二千五百人から三千人を収容したが、上演は毎回満席で、立ち見がでるほどであった。第三回公演からは古代の上演どおり仮面を使用し、三人の俳優ですべての登場人物を演じる三人俳優制や、昼間の野外上演を試みることもした。これはギリシア悲劇の本格的上演として日本で最初であっただけでなく、おそらく世界でも類を見ない上演であったと思われる。しかもこれらすべてが、何の公的助成もなく行われたのである。(3~4頁)

古代ギリシアとは時間的にも空間的にも隔たった日本で、かつてこれほどの偉業を成し遂げた集団がいたのだ。尊敬の一言である。

 二部から成る本編(もとになっているのは、2017年の秋に成城大学で行われたイベントである)および「資料」が本書の主たる構成要素だが、個人的に面白く読んでいるのが、本編第二部の「座談会」の記録だ。ここでは、リアルタイムで「ギリ研」を知る人たちが、準備や上演にかんする当時のさまざまな出来事を自由に語り合っていて、さまざまな苦労があったことがわかる。しかしそれ以上に読み手の心に伝わってくるのが、彼らがギリシア悲劇にたいしてもちつづけた「情熱」である。困難が多く、かならずしも報われるかどうかわからない仕事(これは現代の芸術活動全般にもあてはまることだろう)にたいして、彼らは全身全霊をかけて取り組んでいたことがわかるのだ。

 日本におけるギリシア悲劇の上演というと、蜷川幸雄演出のもの(たとえば2000年の《グリークス》など)がまずは思い浮かぶ。また、今年6月には、生田斗真が主役をつとめる公演《オレステイア》が新国立劇場で行われる。「ギリ研」による一連の活動は、これらに先立つ、日本演劇史上の重要なピースである。このたび、その詳細が一冊の本にまとめられたというのは、この上なく喜ばしいことだ。

つねに多くのことを学びつつ年をとる―勝又泰洋の学問日記―

このサイトでは、学者の卵である私、勝又泰洋が、日々の勉強・研究について(もっぱら自身の備忘のために)簡単な文章をものしています。サイト名の「つねに多くのことを学びつつ年をとる」は、古代ギリシアの政治家ソローンによる詩の一節です。これを座右の銘として、毎日マイペースに学問に励んでいます。

0コメント

  • 1000 / 1000