長らくアーシュラ・K・ル=グウィンの『ラーウィーニア』についてリサーチをしているが、今日は、Caroline Wintererという研究者による、'Why Did American Women Read the Aeneid?'という論文(下の【参考文献】欄に詳細あり)を読んだ。この論文は、17世紀から19世紀末における、アメリカの『アエネーイス』の女性読者たちを紹介することを目的としている。僕にとっては初めて知ることばかりで、非常に勉強になったのだが、以下ではとくに興味深いと思ったことを3つ書き記しておきたい。
一つ目。これは論文冒頭(p. 366)で紹介されている話なのだが、かのヘレン・ケラー(Helen Keller、1880~1968)が『アエネーイス』の大ファンで、彼女の場合はこれを点字のラテン語で(!)読んでいたという。彼女が非常に博識であったことは有名だが、まさか『アエネーイス』を原文で読んでいたとは驚きだ。
二つ目は、論文内で紹介されている女性たちのなかでとくに印象深かった、エレン・ウェイルズ・ランドルフ(Ellen Wayles Randolph、1796~1876)という人物についてだ(p. 372)。この女性も、ラテン語で『アエネーイス』を読んだということだが、面白いのは、Wintererの紹介する、かのドライデン訳の『アエネーイス』にかんするランドルフの辛辣な言葉だ。「私はウェルギリウスをラテン語で読んでいるが、このうえなく苦労している。わかってしまったのは、もう翻訳には我慢できないということだ。私はドライデンのことを非常に尊敬している。だが、彼の『アエネーイス』とウェルギリウスのそれはまったく違うもので、それは、高級で長い年月を経た香り豊かなワインと、そのワインとカモのいるような水が混ざった飲物とのあいだにある違いと同じだ。私が過去にもっとも感嘆した詩行ですら、いまなら容赦なく批判することができる。」彼女は自分のラテン語の理解力に相当な自信をもっていたに違いない。
三つ目は、『アエネーイス』の英語訳にかんすること。20世紀に入り大学で西洋古典学を学ぶことが女性にも可能になったにもかかわらず、女性による『アエネーイス』の英語の全訳が初めて世に出たのは、なんと2008年(!)のことだという。訳者は、作家・著述家のサラ・ルーデン(Sarah Ruden)氏だ。Wintererは、『アエネーイス』がいまだに女性になかなか読まれないということについて、ルーデン氏の以下のごとき言葉を論文末尾(p. 375)で紹介している。「数世代の女性たちが、男性と同様の仕方で古典語・古典文学の訓練を積んできています。ですが、いまだに非常に多くの女性たちが、恋愛詩―これは残っている作品のほんの一部にすぎません―に取り組み、お決まりのやり方で「ジェンダー」について書き続けているのです。」
ル=グウィンもアメリカ人女性で、ラテン語で『アエネーイス』を読んだのだった。彼女には多くの先達がいたことを今回の論文で知ることができた。浮かび上がった系譜のなかで、彼女がいかなる立ち位置を占めるのか、次はこれについて調べていきたい。
【参考文献】
Caroline Winterer, 'Why Did American Women Read the Aeneid?' in Joseph Farrell and Michael C. J. Putnam eds., A Companion to Vergil's Aeneid and Its Tradition (Malden, 2014), 366-375.
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