大学の授業やカルチャーセンターなどで、ギリシア神話を主題としたオペラのDVDをみせることがある。その際には、関連の文献をいくつか事前に読んでおくのだが、これまで、重要であることは明らかなのに読めていなかった一冊の本があった。それが、楠見千鶴子『オペラとギリシア神話』(詳細は下のリンクを参照)である。今回、ようやく入手したので、初読の感想を簡単に記しておきたい。
全体は5つの章に分かれている。第一章の「オペラとギリシア神話・四百年の相愛」は、イントロダクション的な性格をもつもので、ギリシア神話関連の作品に頻繁に言及がなされつつ、芸術ジャンルとしてのオペラの歴史が時代順に説明されていく。情報は豊富だが、それが単なる羅列に終わらず、きわめて頭に入りやすい仕方でまとめられている。たとえば「ロマン派―《トロイアの人々》と三人の《サッフォー》」という小見出しがつけられた部分(47~53頁)は、自分の現在の興味と重なり、面白く読めた。ベルリオーズの《トロイアーの人々》は超巨大作であることで知られ、カッサンドラーを主役とした前半とディードーを主役とした後半に分かれるわけだが、規模が大きすぎることが仇となり、ベルリオーズの生前には、前半のほうは一度も上演されなかった(!)らしい(逆に、当時の人々がそれだけ後半のディードーの悲恋物語に関心をもっていた、と考えると面白い)。
残りの第二章から第五章では、ギリシア神話を主題としたオペラの具体例がテーマ別にまとめられ、それぞれの作品に解説がほどこされていく。たとえば第二章の「トロイア戦争をめぐる英雄叙事詩から」では、トロイアー戦争関連のオペラが12作取り上げられている。僕がとくに力を入れて読んだのは、『アエネーイス』ものの作品にかんする解説で、《トロイアーの人々》およびパーセルの《ディドとエネアス》のそれはよい復習になった。これに付け加えられるのが、モーツァルトの《アルバのアスカーニオ》で、このような作品があることを僕は初めて知った。アスカニウスが、困難を乗り越え、ニンフのシルウィアと結ばれる、という話らしい。驚くべきは、モーツァルトがこの曲を作ったのは若干15歳のとき(!)であるということだ。すぐにでも鑑賞してみたい。
本書はこれで終わりではない。巻末に「オペラ化されたギリシア神話一覧(作曲家別)」が付されており、僕にとってはこれは本編以上に有益に感じられた。僕はギリシア神話もののオペラをある程度知っているつもりでいたが、楠見氏の一覧を目にして、これがたいへんな勘違いであることに気づいた。全部で160ほどの作品が挙げられており(ただし、楠見氏も述べているように、これで該当作品を網羅しているというわけではない)、聞いたことのない作品が山ほどあるのだ。まだまだ勉強が足りないということを実感した次第。
オペラ好きのギリシア神話研究家として、これからも楠見氏の本には何度もお世話になると思う。
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