21世紀の神話学?

今日の「現代神話学」の講義では、19世紀後半から20世紀後半にいたる神話研究史の大まかな流れについて解説した。次回から、個別に学者(F・M・ミュラー、G・デュメジル、C・レヴィ=ストロースなど)の説をみていくので、その準備という恰好だ。

 解説にあたっては、松村一男が『神話学入門』の第一章(「神話学説史の試み」)で提示する、「19世紀型パラダイム」と「20世紀型パラダイム」の概念を借用させてもらった。神話研究史を俯瞰すると、「進化論」と「歴史主義」を特徴とする「19世紀型」から、「構造主義」と「反歴史主義」を特徴とする「20世紀型」へと、パラダイムの転換が起こっている、という議論だ。

 例のごとく学生にはコメントペーパーを書いてもらったのだが、そのなかに、「19世紀と20世紀のことはわかったが、21世紀はどうなのか」という旨の質問が複数みられた。最新の研究のことが知りたい、ということであろう。21世紀は現在進行形のものなので、上記のような「パラダイム」の概念はまだ使えない―その仕事は後代の学問史家に任せるしかない―が、ひとつ注目しておくべきなのが、いわゆる「世界神話学」である。近年の遺伝子学の知見をふまえると、世界の神話は、大きく「ゴンドワナ型」と「ローラシア型」の2つに分けることができる、というのが、中心にある主張だ(詳しくは、後藤明『世界神話学入門』を参照されたい)。この分野の代表者である、ハーヴァード大学のマイケル・ヴィツェル(Michael Witzel)の主著『世界神話の起源』(The Origins of the World's Mythologies)が出版されたのが2012年なので、この学説は、まさしく21世紀のものであるといってよい。

 ただ、この「世界神話学」の議論は、まったく新しい種類に属し、「まさに21世紀らしい」(19世紀・20世紀とは異なる)ものなのかといえば、けっしてそんなことはない。上記の基本理論からもわかるように、「類似性の観点から、世界に散らばる神話をうまく分類する」というのが主たる作業であるわけだが、このような試みは、20世紀のC・G・ユングやA・E・イェンゼンによって、すでに着手されていたものなのである(前者は心理学的平行論を、後者は人類学的伝播論を唱えた)。誰もがある程度勉強を進めれば、世界の神話には似たものが非常に多い(ex. ギリシアのオルペウスの物語と日本のイザナキの物語)ということに気付くはずで、ゆえにその類型化(パターン化)の仕事も古くからあるものなのだ。

 ただ、僕はヴィツェルらの「世界神話学」の価値を貶めるつもりなどまったくない、ということだけ最後にいっておきたい。彼らの説にはオリジナリティがないわけではもちろんなく、たとえばDNA学や考古学の信頼できる(ビッグ・)データを利用している点などは、まさに「21世紀的」といえるのだ。面白い議論であることは間違いないので、来週、先述の学生の質問に答えるかたちで、この「世界神話学」の話を少しだけしようと思っている。

【参考文献】

後藤明『世界神話学入門』講談社現代新書、2017年。

松村一男『神話学入門』講談社学術文庫、2019年。

つねに多くのことを学びつつ年をとる―勝又泰洋の学問日記―

このサイトでは、学者の卵である私、勝又泰洋が、日々の勉強・研究について(もっぱら自身の備忘のために)簡単な文章をものしています。サイト名の「つねに多くのことを学びつつ年をとる」は、古代ギリシアの政治家ソローンによる詩の一節です。これを座右の銘として、毎日マイペースに学問に励んでいます。

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