2019.06.25 14:05ロンドンでの研究発表の最終準備7月の4日から8日にかけて、FIEC(Fédération internationale des associations d'études classiques)の第15回研究集会(+Classical Associationの年次集会)がロンドンで開催される。詳しくは、下にリンクを貼った大会公式ウェブページをご覧いただけると幸いである。 まことにありがたいことに(そしてたいへん緊張することに)、僕はこの大会で、「日本における西洋古典受容」をテーマとしたパネルの一員として口頭発表をさせてもらえることになっている。プルータルコスの『対比列伝』にかんする話をするのだが、準備は最終段階に入りつつある。 精神的に落ち着かない日々が続いている(このあたり、もう...
2019.06.24 10:502019/7/1の「知るほどおもしろギリシア神話」NHK文化センター梅田教室にて、私が毎月第一月曜に担当している「知るほどおもしろギリシア神話」の次回の案内です。日時は、2019年7月1日(月)10:30~12:00です。オウィディウス『変身物語』の開始部に登場する、最高神ゼウスの敵対者たちにかんするお話をします。関連の物語は大きく2つあり、ひとつは、「巨人族の反乱(ティーターノマキアー)」、もうひとつは、「リュカーオーンの奸計」です。前者については、たとえばヘーシオドス『神統記』でも語られており、また、北欧神話の「ラグナロク(神々の黄昏)」もその類例とみなすことができます(下の絵画は、ペリーノ・デル・ヴァガの《オリュンポス神族と巨人族の戦い》です)。後者は、リュカーオーンなる男の不敬な行為がテーマ化...
2019.06.22 12:20ギリシャ・ローマの文献の研究にかんするゲーテの見解エッカーマン『ゲーテとの対話』は、僕の大のお気に入りの本のひとつだ。気が向いたときに拾い読みをしている(日にちを基準に内容が細切れにされているので、拾い読みに向いているのだ)が、今日も何気なく手にとってみて、面白い記述に出会ったので、そのことについて簡単にメモしておきたい。(なお、本記事の日本語引用は、すべて岩波文庫版の下巻から借用したもので、これについて詳しくは下の出版社のリンクを参照されたい)。 読んだのは「1827年4月1日日曜日」のセクションで、ここでゲーテは、ギリシャ・ローマの文献―平たくいえば「古典」―を研究する意義について、エッカーマンにたいし、熱弁をふるっている。たとえば以下のごとくである。「生れが同時代、仕事が同業、といった身近な人か...
2019.06.21 11:05アンティゴネーの台詞にたいするゲーテの不満今日の「西洋古典文化論」の講義では、エッカーマン『ゲーテとの対話』のなかで、ゲーテがソポクレース『アンティゴネー』について述べていることについて話をした(取り上げたのは「1827年3月21日水曜日」「1827年3月28日水曜日」「1827年4月1日日曜日」のセクションで、岩波文庫の日本語訳ではすべて下巻におさめられている)。 学生からの反応がもっとも多かったのは、やはりというべきか、『アンティゴネー』の904~920行―「本劇一番の物議をかもす部分」(中務訳書「解説」188頁)―をめぐる、ゲーテの見解についてだ。クレオーンを前にアンティゴネーが述べる台詞にあたるこの部分がなぜ「物議をかもす」のかというと、彼女の主張内容が、いささか非道徳的とみなされうる...
2019.06.20 12:50ユングの「エレクトラ・コンプレクス」今日の「現代神話学」の講義では、ユングの神話論を取り上げ、とくに彼のフロイト理論への反応の仕方に重点を置いて話をした。解説の材料にしたのは、「エディプス・コンプレクス」という題名の講演録(『創造する無意識』所収)で、ここで提示される「エレクトラ・コンプレクス」について、多くの学生がコメントを書いてくれた。目立ったのは、本来の(古代ギリシアの)伝承を念頭に置いた場合の、「エレクトラ・コンプレクス」なる名称の当否にかんするものだ。結論をいえば、「納得のいく命名ではない」という意見が多かったわけだが、これを受けて僕もいまいちどユングの議論について考えてみた。 まずはユングがどのようにして「エレクトラ・コンプレクス」の説明をしているのかみてみたい。こうしたごく...
2019.06.19 12:12『エディプス王』と『ハムレット』をめぐるフロイトの見解前回の「現代神話学」の講義では、フロイトの『夢解釈』(第5章)を取り上げ、「息子による父親への憎悪・母親への恋着」テーゼを支える物語としての『エディプス王』の話をしたのだが、学生のコメントシートに、「『エディプス王』以外でフロイトが持ち出す神話はないのか?」という旨の質問が複数みられた(論証の手段として、『エディプス王』だけではあまりに恣意的だと思ったのだろう)。そこで、明日の回では、この質問に答えるという意味で、フロイトが『エディプス王』の件の直後に提示する、シェイクスピアの『ハムレット』の議論を紹介することにした(もはや「神話」ではないが、仕方ない)。よく知られた議論であるかもしれないが、ここでは自分用に要点をメモしておきたい(なお、日本語訳はすべ...
2019.06.17 12:502019/6/24の「ギリシア神話入門」朝日カルチャーセンター中之島教室にて、私が毎月第四月曜に担当している「ギリシア神話入門」の次回の案内です。日時は、2019年6月24日(月)15:30~17:00です。ギリシア軍の一兵士としてトロイアー戦争で活躍したアイアースについてお話しします。伝承によれば、この男は、ギリシア軍中最強の勇士アキッレウスが戦死したあと、その武具の所有権をめぐって、同僚のオデュッセウスと激しい口論をしたとのことです。オウィディウスの『変身物語』に、その具体的なやりとりが描かれているのですが、アイアースの弁論は、口の達者なオデュッセウスのそれに比して、たいへん粗野なものです。アイアースを中心としたこのギリシア軍の内輪もめの物語にご興味のある方は、ぜひお申し込みのうえ、ご参...
2019.06.16 12:10『ユリシーズ』と『百合若大臣』(その二)昨日(2019.6.15)の記事の続き。井上章一『南蛮幻想―ユリシーズ伝説と安土城』(詳細は下の出版社のリンクを参照)の第五章にかんするメモ。 第四章で取り上げられていたのが、「伝播説」(=『百合若大臣』は『ユリシーズ』を土台としている、とする説)への学者たちの賛同だとすれば、第五章で井上が描くのは、この「伝播説」の衰退(1920・1930年代のこと)である。学界の認識の変化を生み出したとされるのは、山科言継(やましな・ときつぐ)という戦国時代末期の人物が残したとされる『言継卿記(ときつぐきょうき)』なる日記で、その1551年1月5日のところに、「京都で『百合若大臣』が演じられた」旨の記述があることが発見され、これを民俗学者の中山太郎(なかやま・たろう...
2019.06.15 13:02『ユリシーズ』と『百合若大臣』(その一)ここ数日、移動時間などを利用して、井上章一『南蛮幻想―ユリシーズ伝説と安土城』(詳細は下の出版社のリンクを参照)の第四章と第五章を読んでいた。この2つの章で井上が取り上げるのは、ホメーロスの『ユリシーズ』(『オデュッセイア』の英語タイトル)と幸若舞(こうわかまい)の作品である『百合若大臣(ゆりわかだいじん)』の関係性をめぐる、複数の知識人の学説だ。備忘録ということで、今日の記事では第四章を扱い、第五章については、明日(2019.6.16)の記事で取り上げようと思う。 そもそもなぜ『百合若大臣』と『ユリシーズ』なのかといえば、両作品が、その時間的・空間的隔たりにもかかわらず、きわめてよく似た物語展開を有しているからだ。その展開の仕方は、「遠征先の大規模な...
2019.06.14 12:33演劇鑑賞への誘い今年度前期の金曜日に担当している「西洋古典文化論」の講義では、ソポクレースの『オイディプース王』と『アンティゴネー』についてさまざまな話をさせてもらっている(ちなみに今日はヘーゲルの『アンティゴネー』論の紹介をした)。 ここ数回で嬉しく思っているのは、「この授業を受けて、じっさいに演劇を観にいってみたいと思うようになった」というコメントを何人かの学生からもらっているということだ。なかにはそれを実現させた学生もいるようで、ギリシア悲劇ではないが、6月頭に大阪で上演された、岡田将生さん主演の《ハムレット》を観にいったとのことだ。少し大げさかもしれないが、「教師冥利に尽きる」という言葉は、こういうときに使いたくなる。 ちょうどいま、新国立劇場で、生田斗真さん...
2019.06.12 13:18フロイトの『夢解釈』と『アエネーイス』明日の「現代神話学」の講義では、フロイトが『夢解釈』のなかで提示する「エディプス・コンプレックス」の話をする予定だ。準備を進めるなかで、以前からずっと気になっていた論文が1本あったので、読んでみた。それは、Gregory A. Staleyという研究者による'Freud's Vergil'というものだ(詳細は下の【参考文献】の欄を参照)。フロイトと古典古代については、彼が『文化の中の居心地悪さ』で古代ローマを「心的存在」(psychisches Wesen)と呼んでいることにしばしば言及がなされるが、Staleyも、この記述を出発点として、フロイトが、ウェルギリウス―古代ローマ第一の詩人である―の『アエネーイス』を著作のなかでどのように利用しているかと...
2019.06.11 13:25「ヨーロッパ思想の二つの礎石」の解説を終えて岩田靖夫『ヨーロッパ思想入門』を教科書にした「西洋哲学」の講義、今日で(全15回のうちの)8回を終えた。イントロダクションにあてた第1回を除く7回の講義では、岩田が「ヨーロッパ思想の二つの礎石」として提示する(iii~v頁)、「ギリシアの思想」と「ヘブライの信仰(=キリスト教)」の解説を行った(前者に4回、後者に3回をあてた)。 ただ、この7回で「二つの礎石」にかんする岩田のすべての説明をカバーできたわけではない。スケジュールの都合上、泣く泣く割愛した部分が大きく3つある。1つ目は、「ホメロス・ギリシア悲劇」(19~42頁)だ。『イリアス』や『オイディプス王』などの注目箇所(読みどころ)がわかりやすく記されているのだが、講義テーマの「哲学・思想」と内容...