2019.05.31 13:33鶴見祐輔とトマス・カーライル『英雄崇拝論』プルータルコス『英雄伝』は、これまでさまざまなかたちで日本に紹介されてきたが、その受容の歴史において、鶴見祐輔(つるみ・ゆうすけ、1885~1973)の存在はとくに重要だ。官僚・政治家として活動していた彼は、その本業のかたわら、『英雄伝』のすべてを日本語に訳し(ただし英語からの重訳)、彼の訳書は戦前・戦後の日本で広く読まれたのである。 鶴見に『英雄伝』の全訳という大仕事をさせたのは、まちがいなく、彼の「英雄」的存在への愛だった。彼は『英雄待望論』なる本を書いたりもしているわけだが、今回テーマにしたいのは、彼とトマス・カーライル(Thomas Carlyle、1795~1881)の『英雄崇拝論』On Heroes, Hero-Worship, and t...
2019.05.30 12:57プラトーン『ポリーテイアー』と日本の国家主義(その二)昨日2019.5.29の記事の続き。納富信留『プラトン 理想国の現在』(詳細は下の出版社のリンクを参照)の第II部「『ポリテイア』を読んだ日本の過去」についての感想の二つ目。 それは、鹿子木員信(かのこぎ・かずのぶ、1884~1949)という、政治的には極右の人物にかんすることだ。彼は、もともとは軍人であった(海軍兵として日露戦争に従軍した)が、のちに哲学研究者となり、プラトーンの『ポリーテイアー』を、自己流の解釈により「政治化」させた。納富は、この鹿子木の話に入る前に、同じく右派の知識人である北一輝(きた・いっき、1883~1937)、津久井龍雄(つくい・たつお、1901~1989)、大川周明(おおかわ・しゅうめい、1886~1957)について解説し...
2019.05.29 13:02プラトーン『ポリーテイアー』と日本の国家主義(その一)先日、「日本における西洋古典受容」をテーマとしたワークショップで、プルータルコス『対比列伝』を「政治化」した、澤田謙(さわだ・けん、1894~1969)という文筆家について話をさせてもらった(2019.5.26の記事で取り上げているので、先にこちらをご覧いただけると幸いである)。その質疑応答の折、参加者の方から「問題意識が共通しているので読むべき」として紹介していただいた本がある。納富信留『プラトン 理想国の現在』がそれだ(詳細は下の出版社のリンクを参照)。 この本、僕は刊行後すぐに入手したのだが、長らく積読状態になっていた。ようやく読むタイミングがやってきたということで、僕の発表テーマと関連する、第II部「『ポリテイア』を読んだ日本の過去」を読んでみ...
2019.05.28 00:072019/6/3の「知るほどおもしろギリシア神話」NHK文化センター梅田教室にて、私が毎月第一月曜に担当している「知るほどおもしろギリシア神話」の次回の案内です。日時は、2019年6月3日(月)10:30~12:00です。オウィディウス『変身物語』の冒頭部にみえる、「四つの時代」にかんする物語を取り上げます。オウィディウスは、世界の歴史を大きく四つの時代に分け、その各々に金属にちなんだ名前を付けています(「黄金の時代」etc.)。そして、彼によれば、それは「退歩」の歴史であるということです。この類の時代区分の説話は、細かな違いはあれ古代世界の各所で伝えられていたようで、たとえばヘーシオドス『仕事と日』(ギリシア)や、旧約聖書の一書『ダニエル書』(オリエント)におけるそれが有名です。今回の講座では、こう...
2019.05.27 11:27ギリシア神話における「足を怪我した者」今日の朝日カルチャーセンター中之島教室の講座では、ピロクテーテースの話をした。下に載せたジャン=ジェルマン・ドルーエの《レームノス島のピロクテーテース》(1788年、シャルトル美術館蔵)でもはっきり描かれているが、この人物の最大の特徴は「足を怪我している」ということである。トロイアーへの遠征の途次、毒蛇に噛まれてしまったのだ。以下はこれについての簡単なメモ。 結論からいうと、「足の怪我」の(象徴的)意味が気になっている。というのも、ピロクテーテース以外にも、ギリシア神話のなかには、足になんらかの問題がある人物がいるからだ。たとえばすぐ思いつくのはアキッレウスである。彼は、母親テティスの不注意で、踵が唯一の弱点となってしまい、結局はパリスにここを射られ絶...
2019.05.26 12:03ワークショップ「日本における西洋古典受容」を終えてここ2週間ほど、5月25日(土)開催のワークショップ「日本における西洋古典受容」(詳細は下のリンクを参照)での発表の準備に追われていた(これまで継続してこのブログサイトを訪問してくださっていた皆さま、この期間、更新がきちんとできておらず、申し訳ありませんでした)。これは無事に終わり、今日、京都に帰ってきた。ようやく心身ともに落ち着いたということで、簡単にワークショップのことについて記しておきたい。 僕は、澤田謙(さわだ・けん、1894~1969)という、戦前・戦中は政治活動・執筆活動に勤しみ、戦後は子供向けの伝記作品を多数残したことで知られる人物による、『少年プリューターク英雄伝』(1930年)なる本について話をさせてもらった。この作品は、プルータルコ...
2019.05.20 09:202019/5/27の「ギリシア神話入門」朝日カルチャーセンター中之島教室にて、私が毎月第四月曜に担当している「ギリシア神話入門」の次回の案内です。日時は、2019年5月27日(月)15:30~17:00です。悲劇作家ソポクレースの手になる『ピロクテーテース』の中身をご紹介します。本作の主人公のピロクテーテースは、トロイアー戦争に参加したギリシア軍の兵士であるわけですが、トロイアーの地に降り立つ前、大きな怪我が原因で、同僚たちによって、レームノスという島に置き去りにされてしまいます。ところがじつは、ピロクテーテースは、ギリシア軍がトロイアー軍に勝利するために絶対に必要な存在だったのです。今回取り上げるソポクレースの悲劇作品では、苦境にあるピロクテーテースと彼を連れ戻しにきた兵士たちとのやりとり...
2019.05.14 13:17アリストテレースの「幸福」と毎日の行為のモチベーション今日の「西洋哲学」の講義では、アリストテレースを取り上げた。教科書にしている、岩田靖夫『ヨーロッパ思想入門』(岩波ジュニア新書、2003年)にしたがって、主に彼の倫理と政治にかんする考え方について話したのだが、前者にかかわることで、学生の印象的なコメントがあったので、簡単に紹介しておきたい。 話の材料にしたのは、『ニーコマコス倫理学』における有名な議論である。アリストテレースは、あらゆる行為が「善」を目的としている、というテーゼから出発する(1094a)。どのような行為も、「目的手段の連関のもとに一定の階層的構造をなして」(岩田書75頁)おり、それはすべて「善」につながる、というわけだ。これをふまえて、アリストテレースは、もう少し先(1095a)で、「...
2019.05.10 11:05世界の神話を紹介する講義の計画今学期ひとつの大学で行っている「現代神話学」は、19世紀後半から20世紀後半までのあいだに出てきた、神話にかんするさまざまな学説を紹介する講義だ。要は「学説史」を扱っているわけだが、学生たちは、耳慣れないヨーロッパ人学者たちの議論について、毎回楽しみながら勉強をしてくれているようだ。 学説の紹介をするときには、そこで取り上げられている神話物語それ自体についても話をすることになるわけだが、その物語のほうにも興味をもってくれる学生が毎回数多くいる。たとえば、19世紀の比較言語学者であるF・M・ミュラーを扱った回では、彼の(いまや悪名高い)「言語疾病説」の話がメインとなる一方、彼が議論の材料として取り上げる、ギリシア神話の「ケパロスとプロクリスの物語」の紹介...
2019.05.09 01:45霊魂をめぐるE・B・タイラーの議論ハンス・G・キッペンベルク『宗教史の発見―宗教学と近代』(詳細については下のリンクを参照)の第四章「近代文明における原始宗教の現存」を読んだ。解説の対象とされているのは、「アニミズム」(自然界の存在物のそれぞれに霊魂が宿っている、という考え)をめぐる議論で知られるイギリスの人類学者、E・B・タイラー(Edward Burnett Tylor、1832~1917)だ。 とくに面白いと思ったのは、ヴィクトリア時代の「自然科学至上主義」にたいするタイラーの立場を論じた部分である。キッペンベルクは、当時の学問的状況を次のようにまとめている。 タイラーは、イギリスにおいて、学問の業績に対する正反対の期待が互いにぶつかり合っていた時代に著作に勤しんでいた。一八五〇...
2019.05.08 12:282019/5/13の「ギリシア神話の世界」神戸新聞文化センター三宮にて、私が毎月第二月曜に担当している「ギリシア神話の世界」の次回の案内です。日時は、2019年5月13日(月)10:30~12:00です。プルータルコス『英雄伝』に描かれる、初代ローマ王ロームルスにかんする物語をご紹介します。この人物は、きょうだいであるレムスとともに、「牝狼に育てられた双子」として有名です(イタリアのカピトリーノ美術館にある「牝狼と双子」の像をご存じの方も多いでしょう)。彼をめぐっては、この他にも、「きょうだい殺し」や「人口増加のための女性の誘拐」といった、センセーショナルな事件が伝えられています。古代地中海世界の大国ローマの最初期の歴史にご興味のある方は、ぜひお申し込みのうえ、ご参加ください。
2019.05.07 13:25相対主義を相対化するための「イデア論」今日の「西洋哲学」の講義では、プラトーンを取り上げた。「イデア論」の解説をしたが、学生たちの多くはこれに強い興味を覚えたようだ。 学生が「イデア論」に興味をもつ、というのは、僕としてもとても嬉しい。というのも、それは、「絶対的なもの」―「真理」といいかえてもよい―に意識を向けることにつながるように思われるからだ。大学で教える仕事をしていて、僕は、今の学生たちがひたすら相対主義を好むことを目の当たりにしている。授業中の発言やリアクションペーパーには、「人によって違う」「ケースバイケースだ」「唯一のことにこだわる必要はない」「「絶対」などというものはない」といった類の表現がこれでもかというくらいに登場するのだ。ポストモダンが完全にデフォルト化した時代に生ま...